『井伊家伝記』

【『井伊家伝記』とは?】

 龍譚寺九代住職・祖山法忍が、記録や口伝を基に、正徳5年(1715)(写本によっては享保15年(1730))に書き上げた66段から成る井伊家の由緒書き(上(36段)、下(30段))である。

 祖山和尚の時代(江戸中期)には既に多くの記録が失われており、第27段に、天正18年(1590)以後の事は確かであるが、それ以前の事は出典によって異なるので確実ではないとある。(奥付において、記録(過去帳、判物、井伊氏系図、諸書、軍記物)、口伝(近隣古老、松岩)により記述し、彦根藩とは内容の付き合わせをしていないと語っている。)

 史実のみを書いたというが、現在の通説とは異なることが書かれているので、記載内容を鵜呑みにすることは出来ない。しかしながら、井伊氏研究のバイブル(基本史料)であることには間違いない。


【『井伊家伝記』全66段】

 ≪上巻≫

01 九条家の公家備中守共資公、初めて遠州下向の事 

02 井伊元祖備中守共保公、誕生奇瑞の事、並びに、生湯・生粥、正月元朝の吉例今以て執行懈らざる事

03 井伊備中守共保公、生湯御掛け成され候自浄院、並びに、正月元朝祭礼怠らず執行の事

04 橘の御紋、並びに、井の字旗幕の御紋の事

05 共保公、共資公の御養子に相極まり候事

06 井伊保居城の事、並びに、井伊御家名始の事

07 井伊公、御法名の事、自浄院御菩提所の事

08 共保十三代井伊信濃守直平、遠州引馬の城主に成る事

09 井伊彦次郎直満、同平次郎直義傷害の事

10 井伊彦次郎実子亀之丞、信州落ちの事、並びに、今村藤七郎忠節の事

11 井伊信濃守直盛公息女次郎法師、遁世の事、並びに、次郎法師と申す名の事

12 井伊信濃守直盛公、善根の事

13 井伊肥後守直親、信州より帰国につき、直盛公養子に相決まる事

14 井伊信濃守直盛公、討死の事、付、家来同枕討死人数の事

15 井伊信濃守直盛公、奥山孫市郎に遺言の事、並びに、中野越後守に井伊保を預ける事

16 中野越後守に井伊保を預け候事、付、今川氏真と井伊肥後守と不和の事

17 井伊肥後守直親、三州岡崎へ折々参上仕まつり候て、権現様、遠州御発向御内通され候事

18 井伊直親公、立願の事、並びに、直政公誕生の事

19 小野但馬讒言委細の事、付、井伊肥後守傷害の事

20 虎松様、新野左馬助宅へ御入り候事、左馬助、井伊家へ重縁これ有る故、忠節の事

21 井伊兵部少輔直平、遠州白須賀出陣の事

22 直平公、白須賀出火の事、並びに、氏真、吉田より引き返す事

23 井伊直平公、最期の事、並びに、八城山出陣の事

24 新野左馬助、中野信濃守、最期の事

25 次郎法師、地頭職の事

26 龍潭寺寄進状の事

27 小野但馬、井伊保を横領の陰謀の事、並びに、直政公、鳳来寺へお忍び成され候事

28 小野但馬、井伊保を横領、並びに、権現様より井伊保三人衆を遣わされ候事

29 直政公御実母、松下源太郎方へ嫁がれ候事

30 飯尾豊前守親子共最期の事

31 飯尾豊前が家老、江間常陸・同加賀の事

32 松下常慶、権現様へ早追に参り候事

33 権現様、三州岡崎より遠州浜松へ御出馬の事

34 権現様、遠州祝田村にて御詠歌の事

35 権現様、御旗揃えの事、江間常陸・同加賀両人、城内にて傷害の事

36 城内、飯尾豊前が妻、働きの事

 ≪下巻≫

37 直政公、鳳来寺御出の事、並びに、龍潭寺にて権現様御出勤御相談の事

38 直政公、権現様へ御出勤の事

39 小野玄蕃子、亥之助の事

40 直政公、初陣高名御加増の事

41 直政公、御立身の事

42 直政公、尾州長久手先手仰せ付けられ候事

43 直政公、秀吉公の実母大政所警固の事

44 直政公実母、御遠行の事

45 直政公、井伊谷本知拝領の事、並びに、龍潭寺料、直盛公寄進状の通り再寄進状の事

46 直政公、龍潭寺へ御参詣遊ばされ候上にて、権現様御判物御頂戴遊ばされ下され候事

47 直政公、南渓和尚へ禅法を御問い候事

48 直政公、侍従御官位の事

49 直政公、御婚礼の事

50 直政公、親類の女中を御家中に縁組仰せ付けられ候事

51 東梅院様、御懐妊の事、並びに、印具徳右衛門息女の事

52 直政公、相州小田原陣武功の事

53 直政公、秀吉公御朱印頂戴成され候事

54 直政公、近藤石見守に暇遣わされ候事

55 直政公、関ヶ原陣、江州彦根御入城の事

56 直政公、伯母へ御遺言の事

57 井伊家先手御役の事

58 井の修理石碑の事

59 辰の年の事、並びに、奇瑞の事

60 直該公より元祖共保公、中興直政公、御影造立仰せ付けらる、並びに、御先祖御位牌残らず新規に仰せ付けられ候事

61 直惟公、八幡宮へ奉納の事、並びに、八幡宮御先祖へ御代拝仰せ付けられ候事

62 井の出入り始終の事

63 井伊家より御指図にて、井の由緒書き御認め下され、寺社御奉行所へ差し出し申し候事

64 井の出入り、利運の上、御奉行所へ相渡し申し候裁許状の事、差し上げ申す一札の事

65 相手正楽寺差し出す証文の事

66 井の下馬札の事


【『井伊家伝記』の登場人物】

 あさひなびっちゅうのかみ 朝比奈備中守泰朝 掛川城主[19・22]

 あまのさえもんのじょう 天野左衛門尉 社山城主[23]

 いいおぶぜんのかみ 飯尾豊前守則重 飯尾連龍(致実)[8・20・30・36]

 いいおぶぜんがつま お田鶴の方[8・36]

 いいおあわじのかみ 飯尾淡路守 飯尾乗連 道善 則重の父[8]

 いいともやす 井伊共保(1010-1093)井伊家初代[2・5・7]

 いいなおちか 井伊肥後守直親 23代[13・17・18・19]

 いいなおかつ 井伊直勝[8]

 いいなおひら 井伊直平 修理亮 信濃守 20代宗主[8・21・22]

 いいなおまさ 井伊直政[37・38・40・41・42・43・44・45・46・47・48・49・50・52・53・54・55・56]

 いいなおみつ 井伊彦次郎直満(-1544)[9]

 いいなおもと 井伊刑部直元(-1541) 道哲[9]

 いいなおもり 井伊信濃守直盛 22代[12・14・15]

 いいなおよし 井伊平次郎直義(-1544) 成心[9]

 いいもんどのすけ 井伊主水之助[11]

 いちむらのぶよし 市村信慶[14]

 いながきへいえもん 稲垣平右衛門[33]

 いのだんじょうざえもん 井弾正左衛門 『太平記』[6]

 いのはちろう 井ノ八郎 『保元物語』 横地家始祖の子とも[6]

 いのはやた 井早田 猪之早太 『平家物語』 猪鼻家始祖?[6]

 いはらあさまさ 庵原助右衛門朝昌[50]

 いまいずみしろべえ 今泉四郎兵衛[33]

 いまむらとうしちろう 今村藤七郎[10]

 うえのげんえもん 上野源右衛門[14]

 うえのそうざえもん 上野惣左衛門[14]

 うえのひこしろう 上野彦市郎[14]

 うえのまごしろう 上野孫四郎[14]

 えまかがのかみ 江間加賀守(江馬加賀守時成)[31・32・35]

 えまひたちのかみ 江間常陸守(江馬安芸守泰顕)[31・32・35]

 おかもとはんすけ 岡本半助[9]

 おくやまあさとし 奥山因幡守朝利[14]

 おくやまろくろうざえもん 奥山六左衛門朝忠[41]

 おくやまろくろうじろう 奥山六郎次郎 朝利の嫡男の朝宗[14]

 おくやまひこごろう 奥山彦五郎[14]

 おくやまひこしろう 奥山彦市郎[14]

 おくやままごしろう 奥山孫市郎[15]

 おだのぶなが 織田信長[17]

 おのいずみのかみ 小野和泉守(-1554)[9・13]

 おのいのすけ 小野亥之助 玄蕃の嫡子[14・38・39]

 おのげんご 小野源五[14]

 おのげんば 小野玄蕃[14]

 おのだこしろう 小野田小市郎[35]

 おのたじまのかみ 小野但馬守[19・27・28]

 かつまたとうしちろう 勝間田藤七郎[10]

 かどおかにざえもん 角岡仁左衛門[32]

 かめのじょう 亀之丞[10・13]→井伊直親

 きまたもりかつ 木俣清左衛門守勝[41・50]

 けがしょうえもん 気賀庄右衛門[14]

 ごとうたろうざえもん 後藤太郎左衛門[36]

 こんどうこじゅうろう 近藤小十郎[18]

 こんどうへいえもん 近藤平右衛門 井伊谷三人

 ごんげんさま 権現様 徳川家康[17・28・32・33・34・35・36]

 さいごうまさかず 西郷伊豫守藤左衛門(市十郎)正員(正友)[41・50]

 しゅげん 守源 浄土寺の僧[27]

 じろうほうし 次郎法師[6・11・25・26・27・28・29]

 すがぬまじろうえもん 菅沼次郎右衛門 井伊谷三人衆[28]

 すがぬましんぱちろう 菅沼新八郎 菅沼織部の先祖[33]

 すずきいわみのかみ 鈴木石見守[8]

 すずきさぶろうたゆう 鈴木三郎太夫 井伊谷三人衆[28]

 そかん 祖閑[41]

 たくごうえもん 多久郷右衛門[14]

 たつさぶろう 辰三郎 飯尾豊前守の二男[8・36]

 たつのすけ 辰之助 飯尾豊前守の嫡男[30]

 たなかぜんざぶろう 田中善三郎[14]

 とうばいいん 唐梅院 井伊直政の妻・花[49・51]

 とだたんばのかみ 戸田丹波守 二連木松下丹波守の祖[33]

 とらまつ 虎松[20・27・28・37・38]→井伊直政

 なかのなおゆき 中野越後守直之[41]

 なかのなおよし 中野直由 越後守→信濃守[15・16・19・24]

 なんけいずいもん 南渓瑞聞[11・14・18・26・37]

 にいのさまのすけ 新野左馬助親矩(ちかのり)[16・20・24]

 はかまだじんぱち 袴田甚八[14]

 はぎわらしんのじょう 萩原新之丞 羽鳥明神神主 曽祖父が井伊直盛の家来[18]

 ふじわらともすけ 藤原共資(960-1035)井伊家始祖・井伊共保の父[1]

 びとうしゅぜん 尾藤主膳 堀川城[33]

 まきのいちえもん 牧野市右衛門[14]

 まきのうまのじょう 牧野馬之丞 牧野駿河守の先祖[33]

 まきのはんえもん 牧野半右衛門[33]

 まついごうはちろう 松居(松井)郷八郎(強八郎) 二俣城主[30・31]

 まついわ 松岩[37・38]

 まつしたかへい 松下加兵衛之綱 頭陀寺城主

 まつしたかんざえもん 松下勘左衛門[32]

 まつしたげんたろう 松下源太郎清景 安綱(常慶)の兄[27・29]

 まつしたしまのかみ 松下志摩守[29]

 まつしたじょうけい 松下常慶入道安綱 清景の弟[32・33・36]

 まつしたひよ 松下日夜 於ひよ 井伊直政の実母 松下清景と再婚[27・29]

 まんちよ 万千代[29・38]→井伊直政

 みうらうえもん 三浦右衛門[16・30]

 みうらようえもん 三浦与右衛門元貞[50]

 むくはらまさなお 椋原次右衛門政直[41]

 やましたたてわき 山下帯刀[33]

 やまだしんざえもん 山田新左衛門[32]

 やまむらしゅり 山村修理 堀川城[33]

 ゆうちんに 祐椿尼 松岳院寿窓祐椿。祐圓尼(井伊直虎)の実母[27・28・29]


【『井伊家伝記』】


 『井伊家傳記』上(井伊谷龍潭寺本)

 『井伊家傳記』下(井伊谷龍潭寺本)

 『井伊家傳記』上下(井伊谷龍潭寺本)引佐町史料 第3集

 『井伊家傳記』上下(木村家本)細江町史 資料編四

 『井伊家傳記』上下(彦根市立図書館蔵 乾坤本)

 『井伊家傳記』上下(彦根市立図書館蔵 今村本)

 『井伊家傳記』上下(彦根城博物館本)

 『井伊家傳記』上下(静岡県立中央図書館本

 西村忠『井伊家傳記 上下』(西村家本)たちばな会

 戦国未来『井伊家傳記』戦国出版


※「井伊谷龍潭寺本」とは、井伊谷の龍潭寺にある本。「龍潭寺本」と言わないのは、佐和山龍潭寺と区別するためである。静岡県立中央図書館本とほぼ同じ。

※「彦根市立図書館蔵 乾坤本」は、『礎石伝』の著者でもある二宮神社の神主の中井直恕による写本。独自の注が付けられている。

※西村忠『井伊家傳記 上下』は、西村家本を底本とするが、彦根市立図書館本、彦根城博物館本、井伊谷龍潭寺本と照合しながら翻刻されている。

※戦国未来『井伊家傳記』の構成は、全66段の書き下し文、語注、現代語訳、解説である。